情報の量と質
10年02月15日
No.1414
このところの永田町徒然草は、明らかに手抜きである。それなのに、毎日多くの方々がアクセスして下さる。それは、日本の政治・民主党を中心とする内閣に問題が多くあるからであろう。『翔べ! 鳩山由紀夫』の著者としても、内閣支持率が急落しているのだから書きたいこと・書かなければならないことは山ほどある。しかし、それが儘(まま)ならないのだ。
その原因の大半は、私が政治向きの情報を収集する時間が、圧倒的に不足しているからである。永田町徒然草は短く拙い政治的小論だが、政治的な発言をする場合は、けっこう慎重に行わなければならないのだ。永田町徒然草は、最低でも1万人が目にする書き物だ。それも、政治的意識がかなり高い人が多い。いい加減なことを書けば、厳しいメールがたくさん届く。
なぜ政治向きの情報を収集する時間がとれないかというと、白川勝彦法律事務所で過ごす時間が圧倒的に多くなったからである。私の執務室にテレビはあるが、定時のニュースを見ることも儘ならない。国会議員だった頃は、政治の動きに主体的に参加していた。当然のこととして、情報もリアルタイムに入ってきた。国会議員を辞めた後も、定時のニュースを見ることは習慣になっていた。
政治は生き物である。だから政治を論ずる場合、ニュース報道全体をリアルタイムで丹念に追って行かないと、正しい情勢分析ができない。政権や選挙の帰趨を最後に決めるのは、国民である。国民の政治意識の形成に、ニュース報道は密接に関係している。だから、ニュースや報道を丹念にフォローするのも、政治行動として必要不可欠なのだ。マスコミの報道に多くの問題点はあるが、それを論(あげつら)ってみても仕方ない。マスコミの構造を分析したり批判することも、重要な政治的テーマなのである。
だが、マスコミが誘導しようと思っても、国民の政治意識をそんなに簡単に誘導できるものではない。自公“合体”政権は、これまでのどの政権よりもマスコミを強く締め付けていたが、国民は自公“合体”政権を倒したのである。国民は、“愚にして賢”なのである。マスコミも政治家も、このことを知らなければ、現代の政治戦に勝つことはできない。インターネットの普及は、マスコミとは別の情報ネットワークを形成しつつある。永田町徒然草もそのひとつなのかも知れない。
情報戦においては、量も大切だが、質に対する配慮を忘れてならない。量が多いからといって、政治的影響力が強いという訳ではない。量は少なくとも、質の高い情報は影響力が強い。ネット情報は、量において現状ではマスコミに勝てない。ネット情報の発信において心がけなければならないのは、質の高さである。2チャンネルの名残か、ネット情報の発信者が質の高さを心掛けているかについては、反省の余地があろう。少なくとも私は、質を重視したいと考えている。だから、永田町徒然草を書くのが重いのだ(笑)。
それでは、また。