今日も煌々と点っていた。
11年03月17日
No.1469
今日午後4時ころ誰だか知らないが、政府筋から「電力の需要が多くなっており供給電力が追いつかず、大停電が発生する恐れがあるので、首都圏の交通機関に電車の運行を少なくするように要請した」との報道がテレビから流れた。都心の事業所等は、大騒動に陥った。
だいたい電力の需要ピークは、午後5時頃から午後8時頃なのであろう。その1時間前に数千万人に向って「大停電が来る」と報道することは、危機管理という視点から信じられない愚挙である。電力の需要が大幅に増えるという理由のひとつに「今日は寒いために」というのがあったが、「今日が寒い」ということは気象情報で私でも知っていたことである。
「大停電が来る。電車の運行を控えるように」と指示すれば、多くの人々が一挙に帰宅に向う。今回の大停電の報道をした者は、それを狙ったのだろうか。事実、多くの事業所から多数のサラリーマンが帰宅に向い、その結果、オフィス・事業所はガラガラになった。私も事務所の者に、帰宅困難者にならないように自由に行動するように指示した。
夕刻、私はある国会議員と会う約束をしていた。その者から電話があり、「大停電が来るそうなので取り止めにしませんか」との電話が入った。私は「タクシーは幾らでも動いているので、約束通りに会いましょう」と答えた。案の定、私もその国会議員もタクシーで待ち合わせの店に予定通り着いた。店はガラガラであった。月曜日からいつもこうである。
話の内容は省略しよう。その国会議員にも計画停電についても私の持論を話した。あまりピンとこないよう様だったので、私は一緒に“霞が関の見廻り”に出かけた。今夜も中央省庁のビルは、やはり煌々と点っていた。こんな時期に中央省庁のビルが真っ暗では、それこそ“お先真っ暗”である。私が注目するのは、“2本組の蛍光灯照明”なのである。中央省庁のビルは、全部2本組の蛍光灯照明で、煌々と点っていた。
今日は福島原発事故対策を時間のある時はテレビで見るようにしていた。いま国民が注目している福島原発事故も、要すれば水で冷やせば良いのだという。消火活動と大差ないような気がする。自衛隊の放水を見ていると“これじゃダメだ”と思った。警視庁機動隊の放水車の“放水”も、目標まで水が届かなかったという。話にならない。嗚呼…。
15人のスタッフと法律業務を普段通り行いながら、“いろんなこと”をしていると流石に疲れる。しかし、報道をチェックするのも私の大きな関心事だ。わが国の報道の質は、本当に嘆かわしいほど劣化した。普通広告の代わりに“AC・公共広告”が引っ切りなしに流れている。あの公共広告のレベルが、国の文化や芸術や知的レベルをそのまま現わしている。私は不快感すら覚える。
今日はこのくらいにしておこう。それでは、また。